2020.03.10
Q この新入社員、とんでもない会社に入ってもうたね。でも、「ブラック」ってよく言うけど、何か基準があるんですかね?
A 一般には、広く「違法な労働を強い、労働者の心身を危険にさらす企業」を指すと言われています。厚生労働省はブラック企業について明確に定義していませんが、一般的な特徴として、
①労働者に対し極端な長時間労働やノルマを課す
②賃金不払い残業やパワーハラスメントが横行するなど企業全体のコンプライアンス意識が低い
③このような状況下で労働者に対し過度の選別を行う
――の3点を挙げています。
Q そうなんですか。この社員、残業で全然帰らせてもらえへんみたいやけど、どれくらい残業すると「極端な長時間労働」となるんですかね?
A 毎日泊まり込むような働き方をしたら明らかに「極端な長時間労働」でしょう。労働基準法は、労働時間の上限を原則1日8時間、1週間40時間と決めていて、1週間に1日は休日を与えなければなりません。この労働時間を超えて働かせる場合、会社(使用者)側と社員(労働者)側が「何時間まで残業させてもよい」と合意する協定を結ぶ必要があります。労基法第36条の規定に基づくので、「さぶろく(36)協定」と呼ばれています。ただ、「働き方改革」による法律改正で、協定があっても残業時間は年720時間以内(休日労働を除く)などの上限が罰則付きで定められました。中小企業は来年4月からの施行ですが、この新入社員はゆうに上限を超えますよね。
Q じゃあ、この会社はやっぱり真っ黒ですね。でも彼の場合、違法やなんや言う前に倒れてしまいそうですね。
A その通りです。おそらく「過労死ライン」を超えているでしょうね。
Q 過労死ライン、デンジャラスな響きで聞いたことあるけど……。どんな意味でしたっけ?
A 一般に月80時間以上の時間外労働は心身を破壊し、過労死や過労自殺を引き起こす危険があるとされていて、その80時間を過労死ラインと呼んでいます。労働基準監督署は過労のせいで脳や心臓の疾患で亡くなることを「過労死」として、補償の対象になる労働災害、いわゆる労災と認定しています。
Q もし彼が残業を続けて倒れてしまったら、どうなるんですか?
A 脳や心臓の疾患で亡くなったり、うつなどで休職や退職したりした場合、労災と認められる可能性が高いです。労災と認められると、本人や遺族に国から補償金が支払われます。さらに、むちゃな働かせ方を強いた会社に対して「安全配慮義務違反」として損害賠償を求めることができます。
Q そうならないことを祈りますわ。そうそう、残業代も出さへんとゆうてますが、許されるんですか?
A 許されません。残業では、基本となる賃金に割り増しした賃金(残業代)を支払わなければいけません。今回のように「お前の仕事が遅い」と社員の責任にしてしまい、残業代を支払わないのは悪質なブラック企業ならでは、と言えます。
Q この社長、自分で「ブラック企業あるある」なんて言っていますが、こんなひどい会社って実際にはどれくらいあるんですか?
A 厚生労働省が昨年11月、過労による労災請求のあった事業所などを重点的に立ち入り調査した結果、対象となった8494事業場のうち5714事業場で労働基準関係法令に違反し、2802事業場で違法な時間外労働がありました。
Q そんなにあるんですねえ。こんな会社に入ってしまったら、あきらめるしかないんですかね……。
A ブラック企業はひどい労働環境をあえてそのままにしているわけですから、社内で解決しようと思っても難しいでしょう。地域や業種ごとにつくられた労働組合・ユニオンや会社近くの労働基準監督署、弁護士など、外部に相談することをおすすめします。ちゃんと休みが取れたり、残業代を支払わせたりすることができるかもしれません。
Q でも、この新入社員は辞めたがってるけど、辞めさせてもくれないって。さすがにこんなのはコントの作り話ですよね?
A ところが、現実にあるんです。会社を辞めるよう強要するのもブラック企業ですが、「会社を辞めさせてくれない」という相談が最近増えているように思います。労働者には本来辞める自由があるので、「究極のブラック」と言われています。ひどいケースでは、代わりの従業員を探す求人費用や、その間仕事がストップしたとして多額の損害賠償を請求されたという相談まであります。
Q ほんなら、辞めるにはどうすればいいんですかね?
A 近年は、本人に代わって会社に退職の意思を伝える「退職代行サービス」業者が登場しています。ですが、弁護士資格を持たない業者が退職金や未払い賃金などについて会社と交渉し、報酬を受け取ることは弁護士法で禁じられています。労働者がお金のことも含めて問題を解決したいのであれば、先ほど述べた労働組合や弁護士に依頼するのが望ましいですね。
※Q&Aの内容は、身近な法律問題について解決の参考となるよう、あくまで一例を示したものです。個別のトラブルの事情によっては、本コンテンツの内容があてはまらないことがあります。(監修・大阪弁護士会)
<社長役 山田和哉弁護士>
大阪府八尾市出身。2012年弁護士登録。自身の法律事務所に車の名前を付けるほどの車好きだが、その事務所にブルートレインの模型を飾るほどの鉄道ファンでもある。仕事も演技も、迫力と当意即妙がモットー。
<新入社員役 堀田裕二弁護士>
大阪府吹田市出身。2005年弁護士登録。劇団随一の演技派を自称し、泣きの演技を得意とするという噂がある。プロスポーツ選手の代理人などを務めるスポーツ弁護士として全国各地を飛び回る日々。
<脚本 小林寛治弁護士>
大阪市出身。2000年弁護士登録。大阪弁護士会では中小企業支援センター事務局長などを務めるかたわら、劇団ななころび2代目座長として脚本・演出を手がける。個人参加のM―1グランプリは2回戦、R―1ぐらんぷりは3回戦進出を果たしている。
<回答者 谷真介弁護士>
奈良県生駒市出身。2007年弁護士登録。大阪弁護士会労働問題特別委員会副委員長で、ブラック企業被害対策弁護団メンバー。仕事で疲れた心と体を「夏フェス(夏に主に野外で開かれる、ミュージシャンたちとファンが集う音楽の祭典)」で癒やす。好きなアーティストはくるり。
<弁護士劇団ななころび>
大阪弁護士会のイベントで寸劇を演じていた弁護士有志がいつしか常設の劇団を名乗るようになった、ゆるーい素人演劇集団。弁護士の「お堅い」イメージを少しでも変えたいというひそかな野望を抱きつつ、きょうも演じ続ける。
朝日新聞デジタル「ほうほう弁護士劇場」から。弁護士によるコント動画も楽しめます
※ご相談は各地域の法律相談センターへ直接お問い合わせください。