2019.12.17
1 亡くなったお父さんが遺言を書いていた
今年(2019年)8月,ナガオさんとツグオさんの2人兄弟の父・オヤジさんが亡くなりました。お母さん(オヤジさんの妻)は早くに亡くなっており,相続人はこの2人の兄弟だけです。オヤジさんは,ほぼ唯一の遺産である自宅の土地建物を,東京で起業していて,これまで何かとオヤジさんの援助を得ていた長男ナガオさんではなく,地元に残っている次男ツグオさんに渡したいと思っていたようです。生前に,そういう遺言を書いていました。ナガオさんには,どうもあちこちに借金があるようで金融機関とトラブルも心配されています。そういうナガオさんに財産が渡ると,金融機関に取られてしまうのでは,という心配もしたようです。ナガオさんも,そのようなオヤジさんの心情を理解しており,この遺言に異論はないと言っています。オヤジさんの遺志のとおりこの家をツグオさんに渡すためには,どうする必要があるでしょう。
2 早めに登記をしたほうがよい
ツグオさんは,オヤジさんにこういう遺言を書いてもらっているからということで安心してはいけません。なるべく早く,この遺言に従って,不動産の名義をオヤジさんから自分に移しておいたほうがよいと思います。遺言によって,法律の原則的な相続分(ツグオさんの場合は2分の1)を超える不動産の相続をした場合,そのことの登記をしないでいるうちに,「第三者」が先に何かの登記をしてしまいますと,その遺言に従った財産を取得できなくなります。今年(2019年)7月1日以降に亡くなられた方の相続から,そのように法律が変わったのです。一時期,週刊誌などでよく書かれていた,「相続が早い者勝ちになった」の意味です。法律的には,「登記をしなければ第三者に対抗できなくなった」といいます。
3 「第三者」って誰?
今回の場合,「第三者」で最も心配されるのが,ナガオさんにお金を貸しているけれど返してもらっていない,という金融機関などの債権者です。そういう債権者は,ナガオさんがちゃんと返済をしてくれていない場合,オヤジさんやナガオさんたちの戸籍を揃えたうえでナガオさん・ツグオさんの2分の1ずつの名義に変更して,そのナガオさんの持分を差し押さる,という手段に出ることが考えられるのです。そうすると,差押えの登記がなされ,ツグオさんより「強い」第三者となるのです。法律が変わる前は,ツグオさんは,そういう差押えがあっても,「この不動産は自分がオヤジから全部もらったから差押えを消せ」と主張して裁判をすれば勝てたのですが,7月1日以降は,「早い者勝ち」ですから,先に差押えをした金融機関が勝ちます。ナガオさんの持分だけが競売されて,見知らぬ誰かが半分だけの持ち主になる,という事態が懸念されます。このように第三者の側が仕掛けて来る場合のほか,ナガオさんが自分で2分の1ずつの相続の登記をして,自分の分を誰かに売ったという場合もあります。買った人も「第三者」です。なお,ナガオさん自身は「第三者」ではありません。ツグオさんが遺言に基づく登記をする前にナガオさんが相続の登記をして2分の1の名義を取得しても,「早い者勝ち」というルールでナガオさんが勝つということではありません。
4 なるべく早く相続の登記をしよう
ツグオさんは,このような遺言状があることがわかったら,なるべく早く登記をしましょう。四十九日が終わるくらいまでは遺産の話はあまりしないのが普通ですが,ナガオさんやナガオさんの債権者に怪しい動きがある場合は,少し前倒しで早々に登記をしたほうがよいと思います。弁護士などの専門家に相談をすることをお勧めします。このことは遺言の場合のほか,相続人であるナガオさん・ツグオさんが話し合いによって遺産を分けた(遺産分割協議)という場合も同様です。
5 もし先に差押えがされてしまったら
もし「第三者」に先に登記をされてしまった場合には,どうするのがよいでしょうか。正直なところ、決定的によい方法はありません。相続放棄という手段が使える場合には,それを使うという方法はあります。ナガオさんが家庭裁判所で手続をするものです。相続放棄は「第三者」より強いのです。ただ,相続放棄ができる場合は限られているでしょう。ナガオさんも他の財産を相続する場合や,ナガオさんがこの遺言に納得していない場合には,この手段は使えません。それに,相続放棄は,原則として,自分が相続をしたことを知ってから3ヶ月以内にする必要があり,気づいたときにはもう間に合わない,という事態もあるでしょう。あまり一般的に使える手段ではありません。やはり早く遺言に従った登記をするのが一番です。
6 相続法は大きく変わった
今回の法律の改正で,相続については色々なことが劇的に変わりました。配偶者がこれまでどおり自宅に住み続けることができる新しい権利ができた,自筆で作る遺言が使いやすくなった,遺留分という権利が金銭債権になったといった点などなどです。
特に遺言については,多くの点が変わりました。既に遺言を書いたという方も,再点検をしてほうがよいかもしれません。一度弁護士に相談してみることをお勧めします。
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