トップページ > 法律トピック > 【事業承継】会社創業者である父が亡くなり、弟から社長の座を譲るよう言われています。どうすれば・・・
2020.12.25
ご質問にお答えするには、まず、相続の対象となった株式の法律上、裁判例上の取り扱いについて、知っていただく必要があります。順に回答させていただきます。
共同相続された株式は、お父様の死亡と同時に、法定相続分に応じて各相続人に分けられることにはなりません(最判平成26年2月25日等)。したがって、各法定相続分どおりに、あなたが15%、弟さんが15%、お母様が30%にあたる株式数を取得する、というわけではなく、遺産分割が終了するまでは、相続したあなたと弟さん、お母様の3人で60%の株式全体を共有(正式には「準共有」といいます)することになります。
あなたは、お父様の生前から既に40%の株式を保有しておられるとのことですが、相続開始により、当然に40%+15%(合計55%)の株式を保有することになるわけではありません。
株式を共有する者は、会社法上、当該株式についての権利行使者1名を定め、会社に対してその者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使すること(議決権行使や総会の招集等)ができないとされています(会社法106条)。
あなたと弟さん、お母様がそれぞれ権利行使することは許されず、あくまで3人の中から権利行使者1名を選定し、それを会社に通知しなければなりません。
指定がない場合は、お父様が保有していた60%の株は権利行使できませんので、あなたが保有しておられる40%の株式だけで決議していくことになります。
もっとも、法令や定款で、定足数が定められている決議も少なくなく、例えば、役員の選解任決議の定足数は、会社法341条により議決権の過半数と定められています。定款で3分の1以上まで緩和することが可能ですので、それがあればあなたの40%の株式だけで決議ができます。
権利行使者1名の選定方法ですが、民法252条は、共有物の管理に関する事項について、「各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。」としており、基本的には、(持株比率に応じた)多数決によって決定して構わないと考えられます。
裁判例においても、基本的には(持株比率に応じた)共有者間の多数決によって決定すべきであると判断しております(東京高裁平成13年9月3日、大阪高裁平成20年11月28日、最判平成27年2月19日、最判平成9年1月28日等)。
さて、ご懸念の弟さんからの「社長の交代を要求」「弟の要求を呑まねばならないのでしょうか。」のご質問に関わってくる部分ですが、前記最判平成27年2月19日において、取締役の選任決議は民法252条にいう管理行為として、多数決により権利行使者を指定してよいと判断されています。
それぞれの法定相続分はあなたと弟さんが4分の1ずつ、お母様が2分の1になりますので、「弟が高齢の母親を抱き込んで」というご事情が本当だとすれば、弟さんとお母様とで過半数を取得していることになります。
したがって、社長の交代に賛同する弟さんが60%の株式の権利行使者として指定されることなどにより、株主総会決議などにより、あなたに代わって弟さんが会社の社長(代表取締役)に交代してしまう可能性はあるといわざるを得ないことになります。
もっとも、貴方自身は、「20歳から当社で45年間働いており、10年前から社長をしています。」という一方で、あなたの弟さんは、3年前から、社員として働いているに過ぎない、ということですから、あなたに対する従業員や取引先からの信頼等も加味すると、多数決だけで弟さんの要求が通ってしまう、というのは、会社経営の安定性などの観点からは大いに問題があると思われます。
また、法定相続分通りに株式が遺産分割されれば、あなたは本来の40%の株式と併せて55%の株式を保有して会社の支配権を取得できるはずであり、遺産分割前という一時の事情に経営権が左右されるのも好ましくありません。
この点につき、下級審裁判例では、多数決前に相続人間での協議・話合いの場を設けることを要求するものが散見されます。
例えば、東京地裁平成17年11月11日決定は、「権利行使者の指定の際には全準共有者に参加の機会を与える必要がある」と判断しています。
ほかにも、大阪高裁平成20年11月28日判決は、「共同相続人間で事前に議案内容の重要度に応じ然るべき協議をすることが必要であって、この協議を全く行わずに権利行使者を指定するなど、共同相続人が権利行使の手続の過程でその権利を濫用した場合には、当該権利行使者の指定ないし議決権の行使は権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。」と判断しています。
この大阪高裁判決では、準共有株式内の多数派が、「協議申し入れ書」によって、自らの側を権利行使者とすることを申し入れるとともに、その受諾をするか否か(のみ)をFAXで少数派に回答することを求めていたのに対し、「単に形式的に協議をしているかのような体裁を整えただけで、実質的には全く協議をしていないまま、いわば問答無用的に権利行使者を指定したと認めるのが相当である。」と断じており、相続人間での協議・話し合いにあたっては、「形式的な協議」ではなく「実質的な協議」までを求めている、とみる余地もあります。ちなみに、上記大阪高裁判決の事案は、ご相談の事例のように、非経営陣側が、準共有の株式を利用することで、一時的に経営陣側の保有株式数を上回ることの出来る事案でした。
このように、弟さんの側が、準共有状態の株式を利用して、社長の就任を実現できるかどうか(あなたからみれば、弟さんの社長交代要求を阻止できるかどうか)は、経営実態や話合いの経過も加味されるため、ケースバイケースといわざるを得ません。
あなたとしては、家裁に対して速やかに遺産分割協議の調停や審判を申し立てつつ、弟さんが実質的な協議や話合いの場を設けないまま権利行使者の選定(通知)を断行してきたような場合には、その議決権行使そのものを防ぐ法律的な手立てを講じて行かなければなりません。お母様との折衝が可能な状況であれば、会社の状況などを説明してあなたに賛同していただくというのも有効な手段といえるでしょう。
惜しむらくは、お父上に遺言書を書いてもらっておけばこういう問題は起きなかったかもしれません。それを今更悔やんでも仕方がありません。弟さん側の要求には、事業承継問題に精通した専門家のアドバイスを踏まえた上での慎重な対応が求められますので、事業承継お助けネット(お問い合わせ先:06-6364-7661)を利用するなどして、できるだけ速やかに事業承継の問題に精通した弁護士に相談した方が良いでしょう。
<回答者>
中村 真二 弁護士(大阪弁護士会 総合法律相談センター運営委員会)
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